『From beyond the sky』からいただきました

「はい、じゃあレギュラー発表するから席ついてー」

 

ざわざわ。

「えええーっ早っ!」

周りが騒がしくなる。もちろん、私の心のなかでも落ち着いてなんていられなかった。

「今日レギュラー選やったばかりなのに」

隣で先輩がボソボソ文句を言っている。全くその通りだ。今日、ついさっき泣きそうな思いでレギュラー選をやってきたんじゃないか。

「マジかよ!何言ってんだー並木の馬鹿!」

誰かがとなりでわめきちらしている。おっと、大紀じゃないか。

「うっさいよ、静かにしな」

そういう私だって並木先生に抗議したい気分でいっぱいだ。周りを見てみると皆同じ気分なのか、苦い表情をしている。

しっかり抗議している人もいる。

 

ま、結局は発表されるんだから、今わめいたところで、音楽祭にでられるかどうかなんて変わらない。

「どうなるんだろうな。オレ、出られると思う?」

「そんなの知らないよ」

 

大紀、多分でられるよアンタ。

私より練習真面目にやってるじゃない。男にしてはさ。私なんて四回も音を間違えて、三回もつまってしまった。

大紀も何回か間違えたような事を言ってたけど、私に比べてずっと上手くいったんだろう。

 

きっと私なんて選ばれないだろう。大紀が頑張ってるのは私が一番良く知っている。

 

小学校のころから仲が良く、名前で呼び合っても違和感のない存在。

でも最近大紀は私を名前で呼んでくれない。思春期というものだろうか。

前は「礼香」って呼んでくれてたのに、今は「中村」としか呼んでこない。

 

「うるさいよ!さっさと席につきなさい!」

生徒の抗議の声に負けんと、先生も声を張り上げて注意する。しかしどちらかというと先生の声のほうがよっぽどうるさい。いくら音楽の先生だからって。音楽の先生って、皆あんな風なのか?

 

とりあえず席について、並木先生を一心に見つめる私たち。いや、性格には並木先生の右手に握られている名簿を見ていた。一年生は自分達には関係無いからなのか、ぼそぼそとお喋りをしている。

 

「えーそれではフルートから発表するから。ああその前に、三年生は全員だしてあげるから」

不服の声と、歓喜の声が同時に湧き上がる。私のパートの先輩はキャーキャー言って喜んでいる。そのせいで、危うくクラリネットのケースを落とすところだった。

「はいはい。じゃあ二年生ね。フルートは、佳奈ちゃん。で、アルトサックスはゆうちゃん。テナーはもとから人数決まってて・・・」

あれ?クラリネットを普通にスルーしている。やめてくれ!余計にドキドキする。

「トランペットはさーちゃんが休みだから美菜子ちゃん決定ね。それから・・・・」

私はついにしびれを切らして先生に向かって叫ぶ。

「せーんせーい。クラリネット抜かしてますぅー」

さっと皆の視線が私に集まる。その中でも痛い視線が、同じクラリネットパートの早川さんとりーちゃんと、大紀の視線。うっ、背中がぴりぴり痛い。

「あーゴメンゴメン!クラリネットはねー」

ゴクリ。皆が同じ動きをしているので、唾を飲み込む音が聞こえてきそうだ。

 

「りーちゃんと、あと礼香ちゃん。よろしくお願いします。がんばってね」

 

やった!私、レギュラーになったんだ!でもでも、なんだか場違いな気がする。ちょっと待ってよ!別にでなくてもよかったんだよ。

後ろを振り向くと、喜んでいるりーちゃんと、肩を落としている早川さん、そしてなんでもないというふうに頬杖をついている大紀がいる。

でたかったんだろうな。

 

「じゃあレギュラーになった人はがんばって。練習は一日でも休まないように。サボったりしたらすぐに入れ替えできるんだから。ね。じゃあ終わりにしよう」

先生が部長に声をかける。

「起立!」

さっと響きわたる部長の声。皆はさっきのショックが抜けないのか、いつもうるさいはずなのにシーンとしている。

「礼、ありがとうございました」

『ありがとうございましたー』

 

 

いつもはここで大紀をからかいにいく。でも今日はそんなことできなかった。鞄を取りに廊下にでようとすると、大紀が声をかけてきた。

「よう。レギュラーさん。良かったな」

キシシと笑っている大紀。でも心からの笑みじゃないことくらい分かる。その笑顔がなんだか悲しい。

「信じられないよ。別に出なくてもよかったのにさー。私なんか場違いな気がすんの!気持悪いー。全然ヘタなのに」

大紀と、近くで喋っていた早川さんの顔がひきつる。何それ?とでもいいたげな顔だ。いけない、つい変なことを口走ってしまった。

「れいちゃん、そんなこと言うもんじゃないよ。私だってでたいんだから」

冷ややかな視線を送りながら、けだるそうに早川さんが話す。溜息交じりの言葉は、軽はずみの私に大きくのしかかってきた。

 

 

気まずい。

 

 

帰り道。仲のいい友達と帰っているが、不幸にも彼女はレギュラーに選ばれなかった。うう、気まずい。

「れいちゃん、やったじゃん。おめでとう、レギュラーさん。私なんか、ヘタだから選ばれなかったんだー!」

彼女はわーわー泣くフリをしている。

「レギュラーさん」という言葉が皮肉に聞こえて、さっきのことで苛立っていたこともあるのか、私は

「すいませんね」

と冷たく返してしまった。あっ、また気まずい。

 

・・・・・・

 

ばかだな。これじゃ喧嘩売ってるみたいじゃないか。

 

「じゃあ今日私こっちだから。ばいばい」

「え」

 

友達はすぐに手を振って帰ってしまった。私は一人取り残され、仕方なく横断歩道の前で信号が変わるのをを待った。

「?」

何かが私の頬にあたった。雨だろうか?ぽつりぽつり。だんだん雨らしく降ってきた。っと、傘を持っていなかった!

信号が青に変わる。私はそのまま歩いていく。

「さよならー」

後輩が走って私を追い越していった。どうやら彼女も傘をもっていないらしく必死になって走っている。

「ばいばーい」

でも私は雨が降っている事は気にもとめず、普通に横断歩道を渡って歩いていった。

女子高生が私を珍しそうに見ている。傘もささないの?というような目で。

 

雨は嫌いじゃなかった。濡れたら拭けばいいんだし、雨は心を洗い流してくれるようだった。

・・・家に帰ってからなんだか悲しくなり、ちょっと泣きそうだった・・・・・ぐすん。

 

 

私はそれからとういもの、毎日今までに無いほど集中して練習に励み、自分でもビックリするほどうまく吹けるようになった。同時に、右手の親指の腫れと唇の腫れが酷くなった。とほほ。

 

 

そしてレギュラー以外の人からの視線がきつくなった。早川さんにはシカトされるようになったし、大紀の態度も冷たくなった。

なぜだろう。

 

別に私は、なりたくてレギュラーになったわけじゃない。

なんで私ばっかり責められなきゃいけないの?

周りの人はフツーにしてるのに。

あのときの言葉がいけなかったの?

 

確かに、やる気の無い人が音楽祭にでるよりも、やる気のある人がでたほうがよっぽどいい。

 

・・・・変わってしまおうか。

 

一日でも部活をさぼれば、変更が可能になる。

でもそれは、逆に早川さんと大紀の気持を踏みにじることと同じ。

 

でも私なんて、でられる分際じゃないのになぁ・・・・・

 

思い出すたびに悲しくなる。あーもう!くそっ!

 

 

 

音楽祭当日。

 

「はー・・・・」

出場者とそれ以外の人の溜息が同時に聞こえる。

出場者は審査員の厳しい指導を受けるわけだし、それ以外の人は舞台係として、椅子やら譜面台やらの補充に走り回らなければならない。どちらも疲れる。

とりあえず楽器を私達の学校の指定の場所に置きにいく。廊下を歩いていくと、いろいろな学校の名前が書いてある紙が壁に貼ってあり、その下に楽器が積まれている。

クラリネットは軽いので、前を行くバリトンサックスを重そうにかかえる先輩を追い越し、自分達の場所へ急ぐ。

「こんにちはー」

途中廊下で他校の生徒とすれ違った。彼らは皆楽器を手にもち、緊張の面持ちで立っていた。出番が迫っているらしい。

「こんちはー」

私もあいさつをされた。とりあえず適当に返し、廊下を進んでいく。

 

ふう。

 

 

 

「中川中が終わったから、もう少しね」

 

隣で部長の声が聞こえる。ま、まじで?心の準備が・・・。

舞台裏はそれほど緊張した感じもなく、他校の生徒と話す姿も見られた。

私はというとだいたい落ち着いていた。別にコンクールでもないんだし。でも先生って怖いのかなぁ・・・・・そんなことばかりを考えていた。

 

「ほら前からさっさとはいりなさい!もたもたしない!」

 

おっと、考えにふけっているうちに出番がきてしまったようだ。早いな。

 

 

舞台にでてみると、思ったより暑かった。ライトの光が眩しい。

周りではうちの学校の生徒が椅子をかかえて走り回っている。かわいそうに。でも出場者の人も、苦い表情をしている。

 

 

――演奏が始まった。

なんだかリードの調子が悪いらしく音がでにくい。頭の中が真っ白になりながら、私は一生懸命に演奏した。

 

 

大きく展開する音楽。

急にテンポが速くなる。

 

有能な戦士の登場により勇気を与えられた国

 

緊張でつつまれる大地

戦いがはじまっていく

そして戦ったあとに残る悲しい想い

広がる平和の歌

 

そして戦士の再登場

 

 

私達は最後の方になって、心がひとつになった気がした。

 

 

 

 

 

 

 

「ぷはっ」

 

 

しまった!終わって楽器をおろした瞬間に息をもらしてしまった。しかし幸い、ホールには響かなかったようだ。ふうっ。

 

起立して、完全に終わった。

するとウチの学校の人がまた走って譜面台や椅子を片付け、並べていく。

 

 

はー・・・・

 

 

舞台裏にもどる。

 

「あ!」

 

大紀が笑顔になって私を待っていた。今までみたことのない、心が洗われたような、綺麗な笑顔。

「お疲れ!今までで最高だったんじゃないか?いい顔をしてた」

「・・・・・そう」

 

「悪かったな」

 

「は」

 

「別に」

 

「あっそ」

 

「お疲れ、礼香」

 

 

冷たいものがまた頬にあたる。あれ?ここって室内だよな?


慶美様のキリリクです。

はじめてサイトにのせた短編小説・・・・・・なんだコレ?

なんだかほとんどのエピソードを飛ばして書いてしまいました。いかがでしょうか?

(リード:フルート以外の木管楽器の先端につける板のようなもの。これが振動することによって音がなる。

 此方あみさんが経営しているサイト『From beyond the sky』にて2000hit踏んだ際、『管理人の好きなもの・好きなように』でこのような小説を頂きました。

 素敵な小説をどうも有り難う御座います!